2015年7月4日土曜日

自分は自分の作品を作っているのか?それとも自分は誰かの作品なのか?


美大生が数クラスに教室を振り分けられ
 
統一課題で作品を制作しているのも関わらず
 
担当講師の指導スタイルや価値観によってクラスごとに作風が変わります。
 
特にファッションはそれが顕著に出やすい分野です。
 
場合によっては、学生は講師の思想の表現者になってしまいます。
 
各講師は一生懸命になるほど違いを際立たせようと頑なになります。
 
その学課の評価ポイントを以前から理解している講師は
 
上手く暗示、又は指導します。それを受け高評価を実感した学生は喜び
 
異なる価値観や自分の思惑のみで作品を制作した学生は逆に落ち込みます。
 
一定の表現がスタイル化してしまうと多様な表現はリスクです。
 
しかし、社会は、世界は、多様性に満ちています。
 
嘗てはドロップアウトした学生が社会で頭角を表す事もありました。
 
今では従順な学生が増える中、美術大学は造形表現に特化しつつも
 
多様な事態を生み出す事が大切だと思います。
 
ファッションの学びは造形から始まり造形から逸脱する事です。
 
それが社会をコンバインする切っ掛けになると思います。